10月末に行なわれた任天堂の決算説明会の質疑応答で、岩田社長がアップルと任天堂を対立構造で語る報道記事に、違和感を訴えていました。ちょっと引用しますね。
(前略)確かに、日本の市場全体にDSの最盛期の「どこまでいっちゃうんだ」というような勢いがないことは事実ですが、DSが市場の中で存在感を減らしているということは全くないし、世界中で存在感が増している中で、なぜそう言われるのか分かりません。それはどちらかというと先に、「任天堂はアップルと戦ってることにしたい」というお考えの方がいて、その考えに基づいて断片的な情報をつなぎ合わせてストーリーを書かれるからああなると感じますので、そういう流れについては、私は違和感があります。
任天堂ホームページ 株主・投資家向け情報:2010年3月期 第2四半期(中間)決算説明会 質疑応答より
アップルと任天堂が戦っていると、そういう風に仕立てている人がいるに違いない、というわけです。で、今回は、じゃあいったい誰が勝手にそんなストーリーを描いているのかね、というお話をしてみたいと思います。
アップルの広報戦略
結論から言うと、アップルが広報戦略的にDSやPSPと比較することでゲーム業界の中で存在感を出そうと試みています。ただ、これは何かアップルの陰謀論的なことではありません。ごく普通、どこの企業でもやる広報展開の一環です。もう少し詳しく説明していきます。
僕がゲーム関連でアップルに始めて、直接接触したのは2008年秋ごろなんですが、その時の記事がAllAboutにあります。「ゲームに対するアップルの本気を聞いてきた」という記事です。
これは、App Storeが立ち上がった後、アップルが本腰を入れてゲーム分野をアピールし始めた頃で、僕はこの時アップルがどういう姿勢でゲームに取り組んでいくのかについて最も興味を持っていました。
記事を読んでいただくと分かりますが、アップルはDSとPSPとiPod touchを並べて、どうですかと、iPod touchは小さいでしょう、と、そういうアピールをしてきたんですね。で、ゲームも本格的なものができるし、2箇所を同時に認識できるマルチタッチパネルと、傾きセンサーによって、新しいゲームの世界が生まれるよ、と。
つまり、iPod touchのゲームはポータブルミュージックプレイヤーのおまけじゃなくて、本格的なゲームハードとしてDSやPSPと肩を並べるようなものですよ、と。そういうプレゼンテーションです。ちなみに、このプレゼンテーションは僕だけに行なわれたものではなく、たくさんのメディアになされていると思われます。調べれば、近い時期で似た内容の記事がいくつかでてくるんじゃないでしょうか。
その後も僕は何度かアップルには足を運んでいますが、この姿勢は一貫しています。また、2009年9月9日に行なわれたiPod ファミリー刷新発表会でも、ゲームタイトルの数をDSやPSPと比較してグラフ表示し、圧倒的にApp Storeの方がソフトが多いとアピールするなど、既存の携帯ゲームハードと並べた形での優位性のアピールがなされています。
アップルがこういうことをするのはどうしてだろうかというと、もともと企業文化として比較広告などをよくやるところではあるんですが、商品の立ち位置を作り上げるという意味で重要な広報戦略である、ということが考えられます。
iPodブランドはポータブル音楽プレイヤーとしてのイメージが強いですから、単にゲームもできますよ、といった時にはおまけ扱いされる可能性が非常に高いんですね。実際、ゲームの為にiPod touchを買うという人は割合として少ないんじゃないかと思います。
でも、アップルとしては、そうじゃないよ、本格的なゲームができるよ、と言いたい。なので、わざわざDSやPSPと比較して、負けてないよ、むしろ勝ってるよ、ゲームハードとしての商品価値も高いんだ、と何度も重ねて訴えています。そうすることによって、ゲーム業界においても、新たな勢力として存在感を持つ、と。
iPod touchをそういう風に位置づけることが果たして戦略として正しいか、というのは置いておきまして、次にいきます。
メディアが、それをどう書くか
で、ここから先はアップルの問題ではなくて、メディア側の話になります。そういうアピールを受けたメディアがそれをどう表現するか。企画を立てるとき、どんな企画にするか。ちょっと具体的に例を出しながら考えてみたいと思います。
もし、やや退屈になったとしても正確な情報性を重視して記事を作るなら「アップルはDSやPSPと比較して、iPod touchのゲームをアピールしている」というのが、正確な表現です。こんな書き方をするメディアはほとんどありませんね。
では、それではつまらないということで、ゲームを遊びたくなるようなタイトルにしようと誰かが言えば、「iPod touchはDSやPSPのような本格的なゲームが遊べるぞ!」になります。なんか記事のタイトルっぽくなってきましたね。
じゃあ、もう1歩踏み込んで、ゲームハードとしてどれが優れているのか比較して検討できる記事にしよう、と誰かが言えば、「対決!DSvsPSPvsiPod touch!」になります。アップルが比較してアピールしてるので、じゃあ自分達でも比較記事を企画しようというのはありがちです。
そこから検討の部分が抜け落ちて対決部分だけが残ると、「DSピンチ!? 黒船iPod touchの襲来!」なんて感じになったりします。
と、こんな具合に対立の構造ができあがっていくわけです。アップルがDSと比較してアピールしたものを受け、それを色鮮やかに表現しようとすると、対立という言葉がやってきたりするんですね。実際はどんなタイトルになっても、情報源が同じだと中身はあまり変わらなかったりするんですけどね、これが。基本的には、取材したことを書くわけですから。
メディアがこういう演出をするのがどうなのか、どこまではOKなのか、みたいな話はあるわけですが、ただ、特別なことではありません。というか、まったくそういう見せ方を考えない方が珍しいと思います。
かくして、違和感のある記事が生まれるというわけです。
面白いってのは、大切なことですよ
最後にちょっと脱線して、僕が書くとこんな感じになります、というのをご紹介して終わりたいと思います。
iPod touchにゲーマーがピンとこない理由(AllAboutゲーム業界ニュース)
アップルはDSやPSPと比較してアピールしています。では、ゲームユーザーにそれは響いているのでしょうか、という記事ですね。この「アップルがアピールしている」という形で主体を明確にすることが大切だと僕は思っていまして、そこを正確に書くと、じゃあ、ユーザーはそれをどう受け取っているだろうか、という風に話を進めることができます。
この記事を書く時に、僕が何を考えていたかというとですね、アップルから聞いた話をもとに展開する報道はたくさんあるけれど、ゲームユーザーの反応から見た記事はあんまりないように思う、ということなんですね。そういう違う視点で書いたら面白かもしれない、というのが僕が原稿を書いた動機です。
人間がやることなんで、本当の意味で正確な情報というのはなかなかありません。読まれたいがために、正確でなくても強烈な表現を選択している、というようなものもあるでしょうけど、そうじゃなくても、やっぱり難しい。
でも、そういう時にいくつか視点があると、読む人がそれを手がかりに真実に近づけると思うんですね。同じニュースでも、色んなメディアから色んな角度の表現があっていいと思うんです。そうしたら、読み手が自分で色々考えられますから、それでいいじゃないですかと。むしろメディアが絶対的に正しいことを書いているなんて幻想は無くなってしまったほうが世のためですし。
なによりその方が面白いですよね。面白いってのは、大切なことなんです。みんなが同じ視点で違和感のあることを書いていたら、そんなものは1つでいい。最初の1つは面白いけど、後はつまらない、だから読まれません。そこに、違う視点を提示したら面白い。面白かったら読みますよね。読まれるものは、書き続けていけます。
「iPod touchが売れてるせいで、DSは元気がなくなってるって記事を読んだよ」「へぇ、でもあの話、別の角度からこういう見方もあってね・・・」なんて感じになれば楽しいんじゃないかと思うわけです。
・・・ま、このご時勢、メディアがやんなくても、ユーザーが自分で書いちゃいますけどね。油断してたら仕事がなくなります。だから、面白くやんなきゃいけないです。
おまけ:この記事を書いたきっかけは、つぶやき。
最近、Twitterなるものをやっています。Twitterというのは140字のショートメッセージを、だらだらとつぶやいてですね、それをみんなで共有する、というようなサービスです。そこで、記事にはできないでも記事にはできないような小ネタをつぶやいているんですが、あるつぶやきが、ニュースサイトさんに取り上げられました。以下、引用です。
田下 広夢 (TaoriHiromu) on Twitter
http://twitter.com/TaoriHiromu/status/5526401280
任天堂とアップルを対立構造にしてストーリーを作る報道記事に、岩田社長が違和感を訴えていました。いったい誰が勝手にそんなストーリーを描いているのか。答えは簡単で、アップルが広報戦略的にDSやPSPと比較することでゲーム業界での存在感を出そうと試みています。
EXAPON Becky! 任天堂はアップルと戦ってることにしたいのは誰?より
まあ、自分のつぶやきが引用されてる文章を引用というのも変な話ですが。このつぶやきが掲載された後、瞬間的にTwitterにおける僕のフォロー(mixiでいうマイミクのようなもの)がドドドッと増えたりしまして。
で、折角なので、Twitter上で、興味がある人がいたら、記事にはできないで書きましょうか? と言ってみたんですね。そしたら、読みたいという方々がいたんです。それが、今よんでいただいた記事というわけです。つまりさっき紹介したつぶやきが、この記事を書いたきっかけということになります。
ちょっと、面白いですよね、そういう風になんかヒョコッと言った言葉に反応する人がいて、それを膨らましてまた何か作る、みたいな自然な流れでものが生まれるというのはとてもいい。今後もそういうことをしていこうかなあ、なんて思っています。